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2008-11-08 [その他]

10月9日に精神病院に再入院する事になった。今日は外泊許可をもらったので久しぶりに実家に戻る。今思うのがいかに体が衰えているかと言う事。かっての頃の習慣に従って歩き回っただけなのに、がくがくに疲れてしまった。横にならないといられない位。手はヘロヘロしているし、腰は痛いし、足を動かそうにも自由が利かないし、どうにもくたびれた気分に加速がつく。

味覚にしてもそうだ。味がわからなくなってくる。同じものを食べても、こんな味だったかといた具合。味覚の記憶もおかしくなってくる。かって美味い美味いと食っていたものが何か味気ないものになってくる。おかげで食費がかからなくなってきたのは反作用であり、貧民にとってありがたい事なのだが。

肉体的なことだけじゃない。精神的にもいろいろと不都合が出てくる。物忘れが激しいのはかねてから気にしていたところだった。さっき置いたものがどこに置いたか思い出せない。メモを取ろうにも何からメモすればいいのかわからないぐらい片っ端から記憶から消えている。いや、そもそもありとあらゆる事が脳みそを経由しないで過ぎていく。記憶の概念が変わってしまった。

それに加え9月ぐらいから不安な気分が心を覆うようになってきた。その不安のもたらす心細さのあまり死んでしまうかと思ったものだ。人間あんな心境になるものだと驚かされた。自殺は心が弱いから死ぬのではない。死ぬべき心境になるから死を選んでしまうのだ。いやすざましかった。

不安な気持ちと共にやたらと怒りっぽくなった。まるであらさがしをしてるかのように周りの事柄すべてをいちいち気にしてそのたびごとに腹を立てている。何をそんなにいらだっているのだとも心の一方では思うのだが、いかんせん腹が立つ事をとめる事が出来ない。テレビドラマなどでやたら不機嫌な人間が出てきたりした時、以前は何をそんなに怒っているのだと思ってみていたのがいまやすっかり自分の事である。年を取ると怒りっぽくなると言うが、まだ48なのに、と思っているのだ。いや、人生50年と信長は言ったそうだが、もうそういう域に来てしまったのかと思うと悲しくなってくる。人生を悲観したくなってくる。

気分は高齢者である。

こうなってくると健康だった時考えてもいなかったことがあれやこれや気になってくる。もろに自分の老後はどうなるかである。テレビを見てもマンガを読んでもパソコンを操作しても何か感動する事がなくなってしまった。本当にブログを書くどころではないのだ本当は。

実はこの状況を何とかして伝えたいと思うことが私の身の回り、マスメディアによってもたらされるものを含めて、あまりにも多い。ためにこうやってつたない文章力に嫌気をさしてもこの心境を知って欲しいのだ。

最近大麻に絡んだ犯罪を見かけるようになってきた。実際一時は薬の処方が入院を機に変わったのでそれを戻して欲しいと思っていたこともあったのだ。いまやそういった気分すら起きない。

その結果、もう何をすればいいのかがわからなくなってしまう。一切合財を人に任せたい状態だ。起きて朝飯食って浅野十酢を飲んで昼飯食っておやつして夕飯食って薬飲んで寝る。これは私が病院で送っている生活なのだが、そういった一切合財のトリガーを外から与えてもらわないと自分で行動する気がなくなってくる。入院生活から離れる事が出来なくなってくる。こういった生活を送る事が出来るかどうかが一番の心配事になってくる。だから入院しているのだ、確かにその通りである。だが今現在思うことはそういう生活を送れるか否かになってくる。

で今病院から出たら、そんな生活など全く送れない。だいたいからして一食260円でどうやって食事する?誰が作ってくれる?風呂はどうする、掃除はどうする、薬は保管はどうする。病院にいたらパソコンは触れないのでブログなんてできない。まあ、5文字入れるべきクロスワードのたてに「いえ」と2文字入れてこれでよしとしている精神病の患者にパソコンなんて触らせてどうすると言う話は確かにある。それはともかく、一切合財が手におえない。家にいようとしたら介護してくれる人間が必要になってきている。しかし、家には年老いた母しかいない。ホームヘルパーを呼んでも24時間365日見ていてもらうわけには行かない。こんな気分になるのは自分の健康が失われているかに他ならない。

しかし、世の中にはこんな風に健康を失ってしまった人間もいるのである。心の健康を。

そういった不安に絶えずさらされるようになってくる。一度そういう気分になると生活に絶えず付きまとうような基調低音のようになってきて、もう不安で仕方がないのだ。どうすればいいのかわけがわからない。わけがわからないから逃れる対策も得られない。自分にとってはいつまでも苦しみの中に身を置くしかなくなってくる。

私は入院する事が出来た。しかし、入院費は母が出している。母がいなくなったら誰が支払ってくれるのか?現在でもどこから工面してくれているのか母は明らかにしてくれない。そこがまた不安を誘う。セフティーネットの穴を感じるのはこんな時だ。健康な時なら気にならなかったささいな事がいちいち気になってくる。本当に年金をもらうようになったらどうする?認知症になったらどうする?一月10万の収入しかないのに入院費どうする?

ああ、どうやってもこの不安感を説明できない。ただ、このセフティーネットの穴が存在する事だけはわかって欲しい。そしてその穴に落ちるのがたやすい事を知って欲しいと切に願うのみだ。
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